平成23年3月11日(金) 24節気:啓蟄
運命の日でした。練習のために会計さんが鍵を借りてくれていました。
午後2:46分。大きな大きな地震。会社にいましたが幸い揺れの影響は
余り受けなかったらしく、什器が少し動いた程度。ちょうど営業さんが社内に
残っていて1人ではなくて良かった。
相次ぐ余震と通じない携帯電話の中で、外へ出ていた営業さんの安否確認
をしようとしながら「練習ができない。けど携帯つながらない。でもみんな
きっと練習できないし危ないから公民館には来ないよな。でも誰か来てたら
どうしよう」と考えてました。
社内なのでテレビもラジオもなく、残っていた営業さんが自分のスマートホンで
テレビ(かな?)につないでみたら、いわきの津波で車が飲み込まれてる画像。
そして、仙台港の近くにある「東北支店」は津波に冠水してしまった・・・
(全員逃げて無事でしたがコピー機などはみんなダメでした)
このときはまだこんなに凄いことになるなんて思ってもなく、二ヶ月も練習が
できないとは全く予想してませんでした・・・・・・
※余談ですが、3月12日にワカサギ釣りに行くはずで、10日に道具(テント・断熱マット・防寒具・コンロ
ランタン・ガソリン満タン)揃えてました。普段は出してない水タンクまで出ていて、地震後に汲んで
おきました。その後すぐ断水。なんだか逃げる準備してあったみたいです(^^;;
平成23年3月18日(金) 24節気:彼岸入り
総会をやって一年を振り返るはずでした。でも、公民館が使えず(施設被災&
避難者受け入れのため)できませんでした。
※この一週間の間
@家の光回線が全く通じず、いつ復旧して、いつみんなに連絡を入れられたのか
全く記憶にも手帳の記録にも残ってない(自分が混乱してたらしい)
Aガソリンが入れられない、原発事故、余震etc...のため会社から自宅待機の指示
が出て16日午後〜18日まで休みだった
B私の会社は業務用の大きなラックを扱っていますが、地震被害で倒壊してしまった
ユーザーさんからの対応で営業は大変だった(事務はこの時点ではまだ忙しくなかった)
C家の水道断水、会社から水持ち帰る
D物資の混乱やガソリン温存のために自転車で歩き回る(墓参りも自転車で)
大変なことの幕開けでした・・・・・・
平成23年3月25日(金) 彼岸明け後(24節気:春分)
練習のはずでした。でも今日も練習できませんでした。この頃は、開店している飲食店も
増えたけど食材不足・厨房破損の理由などから「一部メニュー」の提(供だったり、店頭で
お弁当のみを販売しているというところが多く、まだまだ「被災」なのでした。
スーパーも6時には閉まってしまうので、会社帰りは真っ暗。でも、これが本来の姿で
いいのかも。とも思いました(24時間営業している必要がある???)
そして週明けからメチャクチャに忙しい日々が始まるのでした・・・・・・・
平成23年3月27日(日) 24節気:春分
いつも身に付けていた、松島の瑞巌寺の近くの円通院で作った数珠がプチっと
切れて飛んでしまいました。私を守り、御役御免だったのか・・・