平成23年4月1日(金) エイプリルフール

 うそなら良かったです(--;; 本当に。4月になったので公民館に電話
してみました。でも状況は全く掴めず、まだ避難の方もいて、何の
メドも経ってないとのこと。みんなに連絡をしました。
 
 そして仕事は息をつくヒマもないほど
(--||| 事務、営業補佐、そして被災した
仙台の手伝いなどで早出残業休日出勤続き。この頃にはガソリンも入るように
なっていて営業・納品担当者はあちこち飛び回り・・・

 体調を少し崩し始めました。息つくヒマない=息がしづらい=過呼吸・めまい
の症状がおきました。

 地震酔いという言葉が聞かれるようになりました・・・・・・


平成23年4月5,6日(火、水) 24節気:清明
 
 太極拳から少し離れますが。仮の事務所へ移転した東北支店へ手伝いに
行って来ました。

高速道はまだデコボコで、殆どが支援の車。三陸道の方へ入ったら、すぐそこは
津波が来た田んぼ。車も波打ち際にあった松の木もたくさん転がっている。
あまりに凄すぎて、現実のものに見えず、自分の中で納得というか消化してない。

警察か自衛隊か、ボランティアか・・・遺体探しの人が疲れて座り込んでる。
仙台市内は郡山より倒壊した建物が多く、これまた現実のものに見えず
悲しいとか、そういう感情すらマヒした感じ。

津波を被って、乾いた伝票はまるで干物のように塩を噴いてカサカサになっていて
私はそれを片付けたり、事務の手伝いをする。

といってもまだ電話・FAX・INETが復旧せず、「完全に流されてしまった。壊れてしまった」
が多い宮城県内では、本格稼動していない企業も多いらしく、この時点では福島県内より
まだ少し落ち着いたように見えました。

※この2日間、社内に残って番をしていた営業さんはてんてこ舞になり大変だったらしい

そして、忘れもしないこの時。支店の人と食事に出かけ(豪勢に焼肉でした)、
アレルギー反応のため食べることのできなかったニンニク・ネギなどが入った食材を
食べてしまったのですが。なんと症状が出なかったのです!!!!!
地震のショック?放射線治療????


平成23年4月7日(木) 24節気:清明
 
 深夜、余震がありました。仙台の方で、やっと出た水道やガスが止まったり停電したり
大きな被害が出ました。会社に行くと予定されていた工事が中止になっていました。
仙台のお客様で、食品卸しの会社なのですが本震でたくさんの商品が落ちてしまい
やっと片付け終わって、改めて棚を入れるはずでした。

もうみんな疲れ果てて、さすがに工事もできず、棚の部材をとりあえずトラックから
降ろして再度工事に行くことになりました。


平成23年4月11日(月) 24節気:清明
 
 夕方5:16。いわき震源の大きな余震がきました。午後から真っ暗になり雷が
鳴り響き、嫌な天気でした。地震の影響だったらしいです。本震から一ヶ月。
こんな一ヶ月記念いらなかった・・・・・
ヾ(。`Д´。)ノ彡☆ブーブーッ!!

今日は社内に全員いて、すぐさまあちこちに電話かけてみましたが繋がらず
やる気なくして業務終了の指示が出ましたが、何度か余震が続き、外に出て
車に乗るのもどうかと思い、6時半くらいまでは社内待機してました。


平成23年4月12日(火) 24節気:清明
 
 午後2:07。また大きな余震。今日は社内に一人でしたが、慣れてしまって(?)
怖くもなかった。そのあと電話もFAXもピタリと止まってしまって、仕事がヒマに
なってしまいました。みんな怖かったのでしょう。。。


平成23年4月29日(金) 24節気:穀雨
 
 GWの始まりですが、出勤しました。事務処理が間に合わず、2時頃まで仕事。
帰ってから庭をみると、アスパラが芽を出して苺の苗が育ち始めていました。
放射能があろうがなんだろうが着実に季節は変わっていました。

 畑(一坪くらいの家庭菜園)を耕し、苦土石灰と鶏ふんを撒き、一週間寝かせて
トマトを植える準備。プランタに「小夏」というひまわりも撒きました。

今月は波乱の一ヶ月。