大河の流れに思うこと Part1 (平成25年12月14日)

 太極拳を始めるとき、みなさん「覚えられるかな、大丈夫かな・・・」と不安そう。その時私は、
「大河(黄河、長江など)の流れてる国で生まれた太極拳ですから、急ぐことなく、緩やかに大らかに
いけば良いのですよ。」と言うことにしてます。そこから無理やり太極拳と大河を繋げますが(笑)

 今年、2013年度の大河ドラマは「八重の桜」でした。2011年、かなり早い時期だったような
気がします。福島県復興のためということで会津をとりあげた内容にするという発表があり、
選ばれたのが八重さん。そのお蔭で、会津若松市周辺の観光客は爆発的に増えました。
 (正直言ってあんなにたくさんの人見たことないくらい、ディズニーランドみたい)

 実は、会津若松市は、「会津というと必ず幕末の敗戦組のイメージになってしまう」ということで、
会津松平家初代の保科正之公を取り扱って欲しくてNHKにアピールしてました。けど決まったのは
やっぱり幕末・・・(--|||  不思議なことに、鶴ケ城の屋根瓦も、幕末当時の赤茶色に改修した
ばっかりでした。

 会社で取っていた情報誌に載っていたので、しっかり覚えてますが、鶴ケ城を運営している
「鶴ケ城会館」は、2008年に負債額約20億で、民事再生手続きを申し立ててます
。つまり地震前から
芳しくはなかったんですね。でも、たぶん、そこで介入した何かの発案(?)で、イメージチェンジして
一発逆転狙おう!
とでもなったんでしょう、瓦を直すぞっ!という宣伝だったのかな、改修前の
黒い瓦にCG合成して今の状態にして見せてる写真記憶にあります。
 
 なんで瓦をそんなに覚えてるかというと、施工したのが私の知人の勤めてる会津若松市内の
建設会社だったから。なんだか、落札したっていう情報のところから、前述の情報誌で見てました。

 それでやっと改修終わって大々的にイベントやろう!って矢先に地震だったんです。イベントは
自粛したみたいで、ひっそりと新装オープンしてたようです。その頃、私は忙しくてどうしようもなく、
しかも目を廻していたので、すっかり忘れてました。が、近所の人は興味があったのか、すぐ行って
みたそうで、「えっ。オープンしたんですか?」と言った記憶なので、時期は合ってるだろうと思います。
でも本当に人いなかったみたい、元々そんな状況だったところへ、あの事故ですから・・・。

 そういえば、地震では、白河・小峰城の石垣も甚大な被害を受けました。大河集客にあやかれと、
合戦跡地などに幟を立てたり、がんばってました。つい最近、石垣補修工事が始められたようです。
それを見学できるらしく、新聞に載ってました。

 会津若松に話し戻って、そのすぐ後に大河決定の話しが舞い込んだワケです。その盛り上がりようも
凄かった。2012年には、至る所に「八重たん」の幟やグッズが出回って、お酒やらお菓子やら
幕末のジャンヌ・ダルクならぬジャンヌ・だらけになってました。もちろん「少年隊の悲劇」で絶対に
出るはずの二本松市も幟をずらっと立ててたし、歴史上余り関係なさそうな郡山市までも・・・。

 と思ったら、郡山の場合は観光客が新幹線に乗ってやってきて磐越西線に乗り換えて会津地方に行く
もしくは東北道→郡山JCで磐越道に乗り換えるという手段をとるなら通る場所なんですねー。なるほど。
ちなみに、中通り地方(白河・郡山・二本松・福島あたりの主に4号線沿い地域)だと、「会津」と言えば、
ほぼ会津若松市内を意味することが多いですが、会津地方の人に言わせると「会津は広いんだから
会津のどこだっ」ということになり、「若松」とか「田島」とか「高田」というように話さないと通じません。
ならぬものは、ならぬのです。

 
明けて2013年、待望のドラマが始まり、第一回のチビ八重ちゃん活躍などもあってかなりの好スタート
を切ったようです。もちろん、地元民として見ました。旦那は「新撰組!」「龍馬伝」を本気で見てましたが
私は途中で飽きてしまい、大河というと・・・義経の八艘飛びの所とか、後藤久美子が話題になった
独眼竜正宗とか、ところどころしか覚えてません(^^;; 

 でも今回は絶対見るぞと思った。元々私は1986年にやった「愛しき日々」テーマソングだった「白虎隊」
が大好きで、その後に何度かやった白虎隊は(私的には)良い出来のがなくて、すごい期待してたんです。
しかもあれに出ていた風間杜夫さん、西田敏行さん、国広富之さんも出るって!すっげー、かっけー!(?)

 なんでそんなに思い入れがあるか?そう、あの時私は白虎隊と同年代だったのです。演じたのは
坂上忍さん、新田純一さん、宮川一朗太さんetc・・・今ではみなさん立派なおんつぁまです (゚△゚||| 
自分のことは棚にあげてその上、私の実家にビデオデッキという文明の利器が設置されたのが、
あのドラマを撮るため、だったのです。
 
 前年(1985年)の「赤穂浪士」がかなりよくて(これを書いてる今日はなんと討ち入りの日じゃないですか!)、
白虎隊をやるというのでビデオ撮りたい病にかかった父が購入したのでした(笑)その結果、翌年から続く
「田原坂」「五稜郭」も撮ってありました。が、当時のテープは2時間ものが主体だったためか、長いドラマ
なので3倍速で撮ってあり、今から思うと画像がかなりひどい・・・

 それでも実家にテープ残ってないかと探したけれど、8年前に引越しをした際に処分してしまったと
思われる。ということで見つからず。それで4月頃、どうにも我慢ならず、ネットで白虎隊のDVDが出てる
(中古品、しかもレンタル品あがり)のを見つけ出し、購入してしまいました(*^^*)Vイェイ 
 

 ・・・そしてそのことがまさかの展開を遂げることになったのです。

Part2へ続く