大河の流れに思うこと Part2 (平成25年12月14日、18日)

 
購入したDVDを懐かしさで堪らず見てました。かなり最初の方で、山本覚馬+八重+川崎尚之助の3人が
大砲ぶっ放すシーンが出てきて、「おまえら仲いいなぁ、早く結婚しろよ」とあんつぁまが言いますが、この時
まだ恋人という設定なんですね、ふ〜ん。そういえば出てたのはうっすら覚えてたけど、実は私は女性に
ついては中野竹子さん+神保雪さん+八重さんを一緒にしていて、誰が何を持ってどう戦ったのかを、
よく覚えてませんでした。

 その上「女性もみんな鉄砲を持って籠城して戦った」と思っていて、後から考えたらそれは
「もののけ姫」
でした。かなり大きな間違い(^^;; でも、この白虎隊はやっぱりいいなぁ〜。時代を経ても見れるもんだ。
何度、NHKの画面に向かって「ここで『愛しき日々』入れろ〜!!そのくらいのサービスしろ〜!!!」と
叫んだことか・・・ 

 籠城戦が始まったあと、なぜか八重さんが叫んだ言葉が「なおのすけさん!!!」
・・・え゙? 旦那と2人で顔を見合わせる。しかもその上、八重さんキレて「あんたは会津の人間じゃない
からわからないんだ!」と銃を突きつけて追い出す始末・・・。これ見る限り、八重さんの方が悪いような
気がするんだけど?その上何で名前が?どっちが正しいんだ?

 と思って調べました。ネットってのはなかなか便利で、いろいろ判明しました。尚之助さんについては
今まで余り注目されておらず、八重さんの小説や舞台などでも「籠城前に離縁した」「逃げた」などとして、
登場すること自体少なかった人物であり、さすがに今回の大河ではそれじゃダメだろうということになり、
いろいろな人が探した結果、驚異の新事実が分かった人であり、名前は「しょうのすけ」が正しいということ
でした。

 なぜ「しょうのすけ」が正しいかというと、元々の名を「正之助」といい、会津藩士に取り立てられた時に
保科正之公と名前がかぶって畏れ多いから、という理由で「尚之助」に改めたと思われる。という理由から
であり、奇しくもドラマを見て川崎尚之助に興味を持った人が調べていくと、会津若松市が推していた
保科正之公に繋がる、という不思議。なのでした。
 
 それからこの人、但馬国出石藩(現・兵庫県豊岡市)出身ですが、なんと初代東大総長の加藤弘之さん
同郷・同い年。なので、藩校で一緒だったはずなのであり、どちらもかなり優秀な人材でありながら、
家老をも勤めた加藤家の長男である弘之さんと、お家騒動(世に言う「仙石騒動」)に巻き込まれた結果、
武士ギリギリ路線まで落とされてしまった川崎家の、しかも4男である尚之助さんとは交流することが
なかったのか、加藤弘之さんの残した文書の中には一言も出て来ないそうです。

 その出石藩ですが、桂小五郎(木戸孝允)さんが禁門の変(蛤御門の変)久坂玄瑞さんなどが自害
した際にちゃっかり逃げ、京の川原に隠れてた後に身を隠した先であり(ドラマでは触れられませんでしたが)
沢庵和尚の出身地であり、和尚が流転の後、郷里の宗鏡寺に戻って庵を結んだ、という場所でもあります。

 ちょっとずれましたが、ドラマで出てくる山川健次郎さん。こちらは東大が「東京帝国大学」だった時に
総長を務めています。戊辰当時は白虎隊士として戦ってました。晩年、「会津戊辰戦史」を編纂。そんな
彼ですが、なぜか尚之助さんのことを「但馬辺の浪人砲術士」と書いてるらしくて、会津藩士になってた
のは知ってそうだけどな・・・?と不思議に思ったのでした。(「日本・歴史・武将・人物伝」というサイトより)
 
 さて、そんなことを調べてたら、2013年12月14日の日経新聞に、木戸孝允婦人の「幾松(木戸松子)」さん
の話が載ってました。引く手あまたの美貌の芸者。数いるライバルの中から見事射止めたのが桂小五郎。
その際に強力な力添えをしたのが伊藤博文さん。桂を探す近藤勇さんに連行されたり、桂を迎えに単身、
出石まで行ったり、辛い時代を献身的に支え続けた素晴らしい女性とのこと。面白そうだな、このドラマ
やらないかな・・・

 美貌の○松さんと言えば・・・山川捨松→大山捨松さんですねー(^^)!決して腕相撲で結婚を決めた
ワケじゃなくて、捨松さんにひとめボレした大山巌さんの情熱的アタック(実際交渉にあたったのは
西郷従道)の末、デートに漕ぎ着け、それを重ねるうちに大山巌の人柄に惹かれ、交際開始3ヶ月で
「たとえどんなに家族に反対されても私は彼と結婚します」と決意した、という大変西洋的・先進的な女性。

 そのセンスは大変すばらしく、当時の日本人が四苦八苦していた「鹿鳴館外交」にも臆することなく、
英・仏・独語を駆使して諸外国の外交官と談笑する能力の高さ、幼い時から身につけたダンスの見事さ、
ドレスの着こなしのセンスの良さ、そういった事々から人は彼女を「鹿鳴館の花」と呼んだそうです。
 
 こうやって調べてると止まらなくなってきて、面白くってもぅ(*^^*) なんかいろいろ調べちゃいました。
他にも、ドラマで取り上げられなかったり、少し触れた程度で終わった方々、例えば飯沼貞吉さん
(「白虎隊士中二番隊の悲劇」の生き残り。日本の電信電話の発展などに貢献)、瓜生岩子さん、
広沢安任さん、井深梶之助さん、日向ユキさん(ドラマに出てたけど、戦後の苦労は殆ど語られなかった)、
柴太一郎・四郎・五郎兄弟・・・その他大勢、活躍された方々がいました。

 柴兄弟にはぜひ触れて欲しかったなぁ。簡単に言うと、柴太一郎さん=尚之助さんの上司として斗南藩
糧米調達事件
に関り、禁固100ケ日の罰を受けた人。四郎さん=東海散士の名で「佳人之奇遇」という
政治小説を発表。こちらが八重さんが読んだという「明日の夜は・・・」の歌を最初に紹介したものだ
そうです。「会津城中烈婦 和歌を遺す図」というイラストも一緒に掲載。

 五郎さん=斗南で犬を食べたり、毛が抜けたり、貧窮する生活の中から陸軍幼年学校に入学し、
軍人として大きな功績を残した人。遺書を元に、石光真人さんが編纂した「ある明治人の記録」の中に、 
兄・太一郎氏の事件の様子についての記述があり、「誰も助けてくれなかったヒドイ」というようなことが
書かれてますが、その中に川崎尚之助の名は一切出てないようです。ナゼ??

 いろんな人が出てきちゃった(^^;; 最初の白虎隊に戻りましょう。この白虎隊で、土方歳三さんを演じてた
のが近藤正臣さん。「ごちそうさん」で総白髪頭になっていて超びっくり!(@◇@) う〜ん、そりゃ当時の
白虎隊士達が「おんつぁま」になる訳だよなぁ・・・・・

 そう、あのDVDを購入したことがまさかのこういう展開になるとは・・・Part3へ続く