大河の流れに思うこと Part3 (平成25年12月18日、23日)

 
そうこうして調べ物をしながら夢中になってるうちに、出石藩に興味を持ちました。出石で
検索すると、豊岡市のホームページに、「川崎尚之助コーナー」が出来ていて、いろいろ紹介
されてました。見てたら、その盛り上がりようは会津若松市に勝るとも劣らず。

 というより、「まさかの」新しい観光資源発見!に大喜びしてました。それでドラマが始まる前の
2012年12月、豊岡市長さんが「一緒に盛り上げましょう!」と会津若松市長さんを訪問してくれたり、
商工会の方たちの交流で「出石皿そば」「会津そば」を利用して「夫婦そば」として売り出したり、
いろんな取り組みがあったようです。

 それから、6月には日新館館長さんが出石の永楽館(明治34年開館、歌舞伎や演劇・寄席などで
栄えた。地元の熱心な要望により、平成20年に大改修された)にて講演してたり、7月には会津若松
市長が豊岡市長を訪れて「川崎尚之助供養の碑」に手を合わせたりしてました(この辺の話題は、
主に神戸新聞に載ってました。福島県は八重さんを売るのにせいいっぱい?)

 Part2で書いたとおり、出石は桂小五郎とも縁があります。俄然、行ってみたくなりました。
太極拳の会員さんに兵庫県出身の方がいるので、場所を聞いてみると日本海側にあるため、
福島からは結構遠いみたい。うーん。と思ったものの、障害が多ければ燃え上がるというもんで。

 西宮市に友達がいるのを思い出し、聞いてみると・・・。「何?随分マニアックなところを希望
してるけど???」
との返事。小さな場所だし、その先に城崎温泉があるし、で地元の人は見落とし
がちな場所だそうです。しかし、大河の関係だと事情を説明すると納得した模様。そして、その友達を
巻き込んでの旅行計画が完成!

秋も深まった頃、福島空港→伊丹空港→西宮市→出石へGo!の旅が決行されました。

       
@福島空港にあった出演者サイン       A出石シンボル「辰鼓櫓」     B年代モノの建物が立ち並ぶ  C噂のミッチー・・・じゃなくて
容保・大蔵・尚之助・覚馬・八重 さん    (奥のくまモンみたいなやつ)                       桂さん潜伏地跡の碑                             

    
D川崎尚之助供養の塔 結構大きい(お地蔵様が大人   E楽々鶴(ささづる)酒造           F年代モノ建物Part2
の背丈くらい)                           

 
  町が重要伝統的建造物保存地区に選定(H19.12.4)されてるそうです。大体が
 明治時代頃に建てられたものみたいで、補修に補修を重ねて、今も生活がそこに
 息づいてます。改修するにも「出石町づくりの会・会員」である設計事務所や工務店
 が担当するらしく、その執念たるや凄まじいというか、誇り高き人々だなぁ・・・という
 感想。そして、町全体が語るもの。それは「ひたむきな頑固さ」でした。

 もしかして頑固で有名な会津人より頑固じゃね?
 
 率直な、私および同行者の意見です。そう。「離縁すると言ったら離縁する」を絶対 

G出石皿そば                撤回しなかったのは尚之助さんの方でしょうな・・・

気づいたのは、出石の方々は「訛ってない」ということでした。関西(ほぼ山陰に近いけど)にあるけれど、いわゆる
関西弁の発音ではなく、標準語に近い。時々、語尾に京都風の発音を感じる程度です。観光客は、殆どが関西圏の
人のようで、溢れんばかりの関西訛りの中、私がしゃべると、みんな必ず一瞬不思議な顔をします。でもさすがに
福島だとは気づかなかった模様。そりゃそうです。まさか「ありがどなぃ(福島中通り地区は「ありがどなし」とは
言わない)」などコテコテの言葉ではしゃべらないですから。しかし悲しいかな、「語尾上がりのずぅずぅ弁・福島
バージョン」は消えることなく、皆さんの耳に違和感アリアリで届いたみたいです(^^;;

 来年の大河ドラマ「軍師 官兵衛」の撮影が始まったとの記事を見て、ただいま絶賛売出し中。の「雲海に浮かぶ
天空の城・竹田城」というのを知りました。兵庫県とのことで調べると・・・なんと出石から伊丹空港へ向かう帰り道
(朝来市)にあるじゃありませんか!!ラッキー!ということで寄ってみることに。何でも、泊まった宿の人の話しでは、
突然人気が出て観光客が集まり、入場制限かけたり、転落事故の影響を受けて入場規制地点を設けたりしてる
らしく、「行くなら向かい側の『立雲峡』に行った方がいいよ。よく見る写真は、そこから撮ったやつだよ」と教えて
くれました。

 竹田城に行くと、城壁の上を歩けますが、山城が広がる壮大な全貌が見えないので、向かいから見たほうがいい
のだそうです。なるほど。行ってみると、人はチラホラ。駐車場からも見えますが、少し急峻な散歩コースを登れば
もっとよく見えるようなので登ってみました。

    相変わらず山道を登ってる私・・・

肉眼では見えませんでしたが、カメラに写った写真を見てびっくり。人が蟻んこのように群がってました(-Д-|||
これを見ながら思ったのは、ここ(私が立っている立雲峡)から竹田城に向かって大砲撃ったらいい具合に
撃てそうだ。ということd(-_☆)グッ! 

 今回、ドラマではそんなに詳しく説明なかった気がするけど、「小田山の攻撃・最後の2発」ってのがあって、
これは西軍(新政府軍)に乗っ取られた小田山砲台からの敵の砲撃に対する攻撃の話です。これがすごい。
この時、尚之助さんは敢死隊を率いて四斤山砲のある豊岡神社を守ってました。この砲弾は城内で製作する
ことができないもので、弾薬が尽きてとうとう最後の2弾を残すのみに。ここで、射程距離や角度を正確に計算
することができたという尚之助さんとそれを手伝う八重さんが、「夫婦力をあわせて」この2発を見事敵陣に命中
させ、一時は攻撃を黙らせたほど。

 ちなみにこの時の様子を記憶してたのは、高木時尾さんの弟、高木盛之輔さんでした。(何の書物の話なのか
もう思い出せない) 今、出石町は豊岡市に合併してますが、豊岡ってのが不思議な繋がりを感じさせるなー
と妙な感慨を抱いたのでした。

 私が「白虎隊・愛しき日々」を大好きであり、DVDを見たことが、まさかこんなにいろいろ調べることに
発展するとは思いもよりませんでした・・・。大河の流れに身を任せ、思わぬ出会いがたくさんありました。
(私がハナミズキでとちった10月の練習も、チーム名をハンサム・ウーマンにしたのもこんな背景があったの
です(*^^*))

 大河ドラマは終わったけど、福島県はどうなるのかしら。今回、川崎尚之助に一番興味を持ったのは、
藩命と思われることでありながら、何も言わず「私個人のやったことです」と、責任を負うことの勇気に感銘を
受けたから。

「国が・東電が」と責任の押し付け合いをしている様にウンザリしているだけに、このような人がいた−
しかしなぜか歴史から消されていた−  そのミステリアスな存在は、大変な歴史ロマンでした。

 出石の慰霊碑に手を合わせて来ましたが、会津若松にも何か残してあげたいな・・・。今回、かなりな
名誉回復になったようだし、ご冥福を祈り、福島県民として、大きな感謝と拍手を送りたいと思います。 
  
 ・・・あの世で八重さんと再会するも、襄さんと3人で修羅場になってたりして(^^;;